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大前橋~中央大前バス停(廃止)~日本廻国供養塔~神前バス停(廃止)~報国英霊碑~嬬恋農協前バス停(廃止)~A-COOP~干俣口バス停(廃止)~干俣川橋

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路線バス廃止線(鹿沢線)~上信鉱山・煉瓦焼成炉跡(ロウ石山) 徒歩めぐり
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▼昭和33年12月に竣工の大前橋。老朽化してる。

▼大前橋を渡り、法面保護された小山の左側の屋根付き階段を上がってく。

▼長野街道に出る。老朽化した防火水槽がある。

▼長野街道を西に進む。古い民家が多い。木造の古い電柱も残ってる
事前に調べた情報だと、大前駅や干俣地区は路線バスが廃止されてるし、もっと集落全体が山岳地域っぽくて錆びれてるのかと想像していたけど、家屋は古いながらも普通の町中っぽくて住民の人達の姿は普通に見かけるし車の数も少なくはないし、予想外な状況だった。

▼不規則に入り組んだ道の角に火の見櫓。こういうクネクネ小道って好き。

中央大前バス停(万座・鹿沢口駅方面)
戦前、昭和10年の1935年に運行開始され、2007~2008年頃に運行廃止されたバス路線。
最寄り駅のJR大前駅は開業が1971年(昭和46年)とかなり遅く、地元の方には長年必須のバス路線だったに違いない。観光客の利用がかなり多い時期もあったらしい。
参考:ジェイアールバス関東長野原支店 – Wikipedia
参考:鹿沢菅平線 – Wikipedia

▼バス停にまだ「鹿沢線」の名が残ってる。

▼時刻表も路線図もまだ残ってる。

▼時刻表の拡大

▼全路線図の拡大。路線バスのバス停名って地域密着型で行政上は消えた地名をそのまま使ってることもあるから面白い。

中央大前バス停跡(干俣、鹿沢温泉方面)

▼時刻表は消されてる。「嬬恋村スクールバス」の表示があるので、スクールバス用に転用されてるのかな?

とある墓地の一角に古い石仏や日本廻国供養塔あり。

▼墓地の敷地のすぐ隣に神前バス停跡

▼ここも時刻表が残ってる。

▼路線図。下方の、先に廃止された区間はテープで消してある。

▼時刻表。2006年11月1日改正って書いてあった。
JRバス関東の鹿沢線はこの後すぐ2007年3月31日に廃止され、代わりに嬬恋村がバスを運行したものの(業務は他社に委託)、それも2008年10月に廃止したらしい。

ヤマザキショップ(茶屋商店)。この辺で唯一のコンビニ?屋外設置の自販機で水を購入。

吾妻川の展望が良い場所があった。まだ雪をかぶった籠ノ登山(2227.2m)や湯ノ丸山(2101m)が見える。

▼同じ場所からの遠望を、カシミール3Dで参照してみた。

▼対岸の岸壁がすごい。

▼川岸に降りる小道の途中にあった石仏。

やけに道路から低い所に建ててある平屋建て民家(廃屋)

老顔な子供の看板

▼ぐぐってみたら人形工房サンキュー(讃久)って今も経営してた(結構大型チェーン店っぽい)。

報国英霊碑

▼報国英霊碑の向かいにある書店(廃業)

▼廃書店についてた古い看板。オロナミンCの看板は左下に黄金バットが描かれてる。他にもアタックNo.1とか巨人の星とかミラーマンとかバカボンとかのバージョンがあるみたい。「本」の看板はコカコーラの看板を再利用してる。

嬬恋農協前バス停(廃止)とA-COOP(営業中)。A-COOPはこの辺で一番大型の近代的スーパー?帰りに食料を調達した。

▼嬬恋農協前バス停も時刻表は消されてる。

▼反対側の嬬恋農協前バス停

干俣口バス停跡
2007年まではここから中央干俣の方までもバス路線が伸びていた。
干俣口~中央干俣間(鹿沢線の支線)は、昭和24年(1949年)に運行開始、2007年で廃止された(本線は2008年10月まで運行)。
此処から先、干俣の方ではバス停看板を見かけなかった。
参考:鹿沢菅平線 – Wikipedia

嬬恋村立西小学校の隣にある鳥居
ここから長野街道をそれて、長野県道112号大前須坂線に入ってく。ここから民家や商業施設は一気に少なくなる。ちょっと恥ずかしさを感じつつ歩いて行く。

干俣川橋。現在の橋のわきの土台が何かの遺構っぽい。旧橋の橋台?

▼干俣川橋の旧橋の橋台らしきもの。

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大前駅(おおまええき) 吾妻線 標高840.4m 午前

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干俣のしみず~西窪発電所干俣取水ダム干俣諏訪神社入口~新大平橋~立坪橋~干俣川親水公園(緑の砂防ゾーン)~本澤橋

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