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日立鉱山 大煙突(大雄院)

日本 > 関東地方 > 茨城県 > 日立市 >

大煙突
1914年(大正3)に日本ではじめて繋留気流による上層気流の調査を行い整備され建設された煙突。高さ155.7メートルで建設当時は世界1の高さを誇り、排煙を始め煙害を激減させた。長く 日立のシンボルとして親しまれたが、平成5年(1993年)2月19日に約1/3の高さに倒壊、その後は54mの長さに修復され、現在も稼動している。日鉱金属(株)日立工場の設備として稼働中。外から見ることは可能だが、工場内への立ち入りは出来ない。

参考:
12 日立鉱山大煙突 | 日本の近代遺産50選
日立鉱山の煙突
日立鉱山-2 煙突と鉱山事務所 ISAOの日立写真館
www012.upp.so-net.ne.jp/isao/photo-01/kouzan02.html
(リンク切れ)
日鉱金属 大煙突 いばらきの産業観光 kanko.pref.ibaraki.jp:80/sangyo_kanko/sisetu/092.html(リンク切れ)
日立の思い出 石からわかる地球の話
日立市の歴史点描:近現代 日立鉱山の大煙突 www2.ocn.ne.jp/~gan_1999/modern/daientotsu.html
東北大学 TOUR(TOhoku University Repository) 日立鉱山関連画像
http://ir.library.tohoku.ac.jp/rc/browse-title?bottom=123456789%2F28741
(リンク切れ)
日鉱記念館展示パネル

所在地:茨城県日立市宮田町3543 大雄院 日立精錬所

地図: Google Maps

▼倒壊して短くなった大煙突(後方)とダルマ煙突(前方)。

▼面白い形をした設備。なんだろう?

▼大正2年6月竣工のダルマ煙突。別名:阿房煙突・達磨煙突・タンク煙突・命令煙突。コケにされているアダ名の通り、ほとんど煙害を食い止める能力がなかったらしい。

▼日立鉱山 大雄院製錬所全景A 1914年(大正3年) (日鉱記念館展示パネルより)

▼日立鉱山 大雄院製錬所全景B 1914年(大正3年) (日鉱記念館展示パネルより)

▼1953年(昭和28年)頃の日立鉱山の主要な施設の配置を大まかに示すパノラマ図。
採鉱所のある「本山(もとやま)」から日立鉱山は始まった。次に製錬所が「大雄院(だいおういん)」に作られ、常磐線の「助川駅(すけがわ・現在の日立駅)」との間に電車の線路が敷かれた。続いて「芝内」に日立鉱山の電錬工場と日立製作所の山手工場が進出した。やがて助川駅の付近に日立製作所日立工場(海岸工場とも呼ばれた)や電線工場ができた。従業員の住む社宅や寮などの施設も工場に付随して広がった。このように、日立の町街は、山の上から海岸に向かって発展していったのである。(日鉱記念館展示パネルより)

▼「日立鉱山遠景」 日立鉱山精錬所全景 大正6年頃
煙突が3本見える。山上に大煙突、中腹に命令煙突(ダルマ煙突)と八角煙突、左端に神峰煙道が神峰山への尾根を走っている。(古絵葉書写真)

▼「尋常小学校地理書巻Ⅰ」(1918年)に掲載された大雄院製錬所。(古絵葉書)

▼日立鉱山略図。1926 (日立鉱山の絵葉書 日本の鉱山絵葉書・第2集 井上真治より)

▼1917年の日立・助川(ピンクの文字は当方が加筆)(古絵葉書)

▼1906年の日立・助川(ピンクの文字は当方が加筆)(古絵葉書)

▼建設中の大雄院製錬所 (日鉱記念館展示パネルより)

▼常陸多賀郡 常陸鉱山 大雄院製錬所
「八角煙突のみが使用されていて、ほかの煙突は建設されていないと思われる。八角煙突の次に建設された神峰煙道は明治44年5月に竣工されたから(参照:日立鉱山史P.140)、この絵葉書の写真はそれ以前に撮影された。」(日立鉱山の絵葉書 日本の鉱山絵葉書・第2集 井上真治より)

▼日立鉱山 製錬所
「左側の山の斜面に神峰煙道が撮影されている。神峰煙道の上部と八角煙突から煙灰が排出されている。神峰煙道は俗称百足煙道と呼ばれ明治44年5月竣工。延長15町(約1600m)で中間に200馬力の送風機が据えつけられ後部煙道中腹より10数ヶ所の排煙口を設けて、煙を分散希釈化することが目指された。しかし、排煙の希釈効果は期待ほどなく、大煙突の完成(大正4年3月)をもって使用が中止された(参照:日立鉱山史P.140)。神峰煙道は大正6~7年の鉄価格暴落時に鉄筋回収のため取り壊された(矢部浜之助 「煙突こぼれ話」1956)。」(日立鉱山の絵葉書 日本の鉱山絵葉書・第2集 井上真治より)

▼日立鉱山 製錬所の全景
「白熊写真館発行。大煙突のみが使用されている。神峰煙突はまだ解体されていない。」(日立鉱山の絵葉書 日本の鉱山絵葉書・第2集 井上真治より)

▼日立鉱山 製錬所
「日立鉱山史、口園写真(日立鉱業所現景)の説明を参考にすると、命令煙突の左手はコットレル集塵装置の建物、右端の建物は塵炭場、左端の斜面建物は変電所、左下・白尾根の逆L字型の建物は送風機室、送風機室右側の白尾根の建物は倉庫。」(日立鉱山の絵葉書 日本の鉱山絵葉書・第2集 井上真治より)

▼日立鉱山製錬所

▼日立鉱山製錬所

▼日立鉱山製錬所及中央煙突

▼日立鉱山 分析所
「白熊写真館製。日立鉱山では国内各地の鉱山より大量の鉱石を買鉱していたので、そうした鉱石の価格を決めるため鉱石の鋼、金、銀の品位を決定する必要があった。また、自山の鉱石も生産・予算計画等で品位を常に調べる必要があった。大正4年版の角彌太郎(編集)(1915)日立鉱山写真帖のP.42-43の写真には湿式分析法と乾式法の試金分析法(灰吹法)による分析作業が撮影されている。」(日立鉱山の絵葉書 日本の鉱山絵葉書・第2集 井上真治より)

▼日立鉱山 第三煙突 鉄筋コンクリート製
「大煙突(第三煙突)は久原房之助の提唱により建設された。高い煙突によって上昇させた煙灰を高層気流に乗せて拡散させ煙害問題を軽減させることを目指した。大正3年3月13日に工事が開始され、日立鉱山工作課の設計で工学士官長平作(後の日産土木社長)が指揮して建設され、大正3年12月20日完成した。大正4年3月1日使用許可され、午後2時30分より使用開始された。大煙突の高さが511尺(155.7メートル)となったのは、当時世界一の506尺の米国グレイトフォールスの煙突より高くするためだったという。大煙突は平成5年2月、3分の1ほどを残して倒壊した。」(日立鉱山の絵葉書 日本の鉱山絵葉書・第2集 井上真治より)

▼建設中の大煙突(1914年) 大正3年
大煙突の着工は1914年3月13日、完成は12月20日。足場丸太3万1650本を使用し、この建設に従事した作業員は3万6810人、総工費15万2218円。翌月の3月1日に使用を開始する。(日立市郷土博物館パネルより)

▼創業当時の日立鉱山 日本鉱業(株)日立製錬所提供(日立市郷土博物館パネルより)

▼日立鉱山 大雄院
「一番奥に製錬所の建物が撮影されている。社宅は奥の製錬所に近い場所にも建てられている。」(日立鉱山の絵葉書 日本の鉱山絵葉書・第2集 井上真治より)

▼日立鉱山 大雄院全景
「白熊写真館発行。写真奥右手の斜面は製錬所から排出された鍰(カラミ)の山。製錬所の建物は鍰の山に隠されて見えなくなっている。この前の(上の)絵葉書に比べると(大雄院)小学校付近の社宅が増えている。製錬所近くの社宅が鍰(カラミ)の山の下になり、下流方向に移動したためと思われる。」(日立鉱山の絵葉書 日本の鉱山絵葉書・第2集 井上真治より)

▼日立鉱山 大雄院全景

▼山肌に作業員の人影が見える。山腹にぽっかり坑口(?)が開いてる。

日立鉱山 空中写真
国土情報システム CKT-74-10 昭和49年度 常陸大宮 1/8000 NJ-54-24-5 1/50000地形図:日立 C15B
番号1(日立鉱山事務所~稲荷橋バス停) ckt-74-10_c15b_1
番号2(日立鉱山事務所~日鉱環境(株)) ckt-74-10_c15b_2
番号3(不動滝~大雄院) ckt-74-10_c15b_3
番号4(大雄院中心) ckt-74-10_c15b_4
番号5(大雄院~武道館) ckt-74-10_c15b_5
番号6(常磐自動車道鞍掛トンネル~神峰野球場) ckt-74-10_c15b_6
番号7(大雄院小学校~陸前浜街道・神峰公園裏) ckt-74-10_c15b_7
番号8(神峰野球場~国鉄・常磐線) ckt-74-10_c15b_8
番号9(市営神峰団地~海岸線・津名神神社) ckt-74-10_c15b_9
国土情報システム CKT-80-6 昭和55年度 水戸 1/10000 NJ-54-24-5 1/50000地形図:日立 C3
番号12(大雄院大煙突~白銀町) ckt-80-6_c3_12
国土情報システム CKT-86-5 昭和61年度 水戸 1/10000 NJ-54-24-5 1/50000地形図:日立 C2
番号12(大雄院~白銀町) ckt-86-5_c2_12
国土地理院 MKT611-C1-9 1961/07/27 日立 1: 10000 NJ-54-24-5 C1
番号9 (大雄院~白銀町3丁目)
国土地理院 MKT611-C1-10 1961/07/27 日立 1: 10000 NJ-54-24-5 C1
番号10 (大雄院~仲町小学校)
米軍撮影 USA-M205-A-7-92 1946/07/24 日立1: 12008 NJ-54-24-5 M205-A-7
番号92 (不動滝~大雄院)
米軍撮影 USA-M205-A-7-89 1946/07/24 日立1: 12008 NJ-54-24-5 M205-A-7
番号89 (大雄院~電錬工場・日立製作所山手工場)

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