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JR八王子駅 北口の変遷

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八王子駅の場所:国土地理院ウオッちずGoogle Maps

JR八王子駅の歴史
1889年(明治22年)8月11日  甲武鉄道の八王子停車場として開業。1代目駅舎が八王子合同庁舎~都立繊維工業試験場~保健所のあたりに建てられた。
1901年(明治34年)8月1日 現在の場所より西へおよそ150m先の地点(多摩相互病院跡付近(解体済み))へ移動。 2代目駅舎。
1937年(昭和12年)  現在地に移設。3代目駅舎。旧駅跡地は東京都立産業技術研究所八王子庁舎として利用。
1945年(昭和20年)8月2日 空襲にて駅舎焼失。
1945年(昭和20年)10月6日 仮駅舎竣成。
1952年(昭和27年)4月15日 4代目新駅舎竣成。モダンな建築。
1983年(昭和58年)11月  5代目の駅舎となる駅ビル「八王子ナウ」竣工、核テナントとして「八王子そごう」オープン。
2009年(平成21年)8月11日 開業120周年。
参考:Wikipedia

▼1983年(昭和58年)に完成した5代目駅舎。
駅ビルNOWとそごうは2012年1月31日で閉店し、建物はそのままに、その後「セレオ八王子」として生まれ変わった。

昔の駅ビルそごうには、3~4階あたりに吹き抜けのイベント催事場ホールがあった。豪華なクリスタルシャンデリアが天井にあり、ステージにはグランドピアノが置いてあった。エスカレーター周囲にも透明のダイヤ型のガラスビーズが散りばめられていて、グランドピアノは白かったように記憶している。子供の頃はあのキラキラした世界に惹かれたが、おとなになったら成金趣味だなと思うようになった。しかし、その成金趣味な感じが懐かしくて久々に廃業間際のそごうに行ってみたら、あのゴージャス感たっぷりのイベント会場はなくなっていた。

▼ロータリーと丸井以外の建物は昭和末期からほとんど変わらない。
くまざわ書店の細長いビルには谷内六郎氏の壁画。
参考:谷内六郎 公式サイト谷内六郎の世界

Google ストリートビューより、2010年4月の八王子駅。

▼八王子停車場時代の2代目八王子駅舎。大正10年頃。
明治34年(1901年)官設の中央線・八王子~上野原間が開通するに及んで、甲武鉄道と接続させるために、八王子合同庁舎~都立繊維工業試験場~保健所あたりから現在の位置より150mほど西側(旧多摩相互病院付近(解体済み))に移転され、共同駅となった。まだ人力車も大いに活躍している頃。昭和12年まではこの付近にあったらしい。
1998年度特別展 八王子市郷土資料館 展示図録「セピア色の風景-写真で見る明治・大正・昭和の八王子-」より

▼八王子停車場時代の八王子駅。大正14年頃。
1998年度特別展 八王子市郷土資料館 展示図録「セピア色の風景-写真で見る明治・大正・昭和の八王子-」より

▼ 「八王子名所 八王子驛」 古写真より。時期不明。

▼昭和6年頃に八王子市役所が発行した絵葉書より。2代目駅舎の時代。
1998年度特別展 八王子市郷土資料館 展示図録「セピア色の風景-写真で見る明治・大正・昭和の八王子-」より

▼昭和23年の八王子駅と東八王子駅(現京王八王子駅)の周辺地図。八王子市役所復興拠原図(一部)
八王子の二十世紀(八王子市郷土資料館)より引用

Hachioji Train Station, 1952 [Flickr] (Okazaki様より情報提供、2013/01/23追記
1952年(昭和27年)4月15日竣成の4代目八王子駅舎。昭和27年、米軍人が撮影したらしい。あまりにもモダンなスタイルで驚く。

▼同じく、Hachioji Train Station, 1952 [Flickr]より、昭和27年、米軍人が撮影したらしい八王子駅の写真

▼昭和28(1953)年
八王子の二十世紀(八王子市郷土資料館)より引用

▼八王子駅北口 昭和34(1959年)年頃 旭町
「八王子盆地の風景―写真で綴る少し昔の八王子」 植松森一著 揺籃社 (2005)より引用。
上の写真と同じ4代目駅舎。周囲にタクシー乗り場などのアーケードが増設された?この駅舎は、昭和58年(1983年)に現在の5代目駅舎が完成するまで存在したと思われる。
『八王子駅は、1945年(昭和20年)8月に太平洋戦争の戦禍により駅舎を焼失。現在の駅ビルは1983年に完成、9月16日に南北通路延長124.8mが開通、11月1日駅ビルを開業した。1989年(平成元年)、八王子駅開業100周年を迎えた。駅ビル完成前の駅の階段は木製だった。』

▼八王子駅北口 昭和35年(1960年)頃 旭町
「八王子盆地の風景―写真で綴る少し昔の八王子」 植松森一著 揺籃社 (2005)より引用。
『八王子の表玄関、JR中央線・横浜線・八高線の3線とバスターミナル、さらに1983年(昭和58年)から駅ビル(そごう)を擁し、東京西部の交通・商業施設の中核を誇っている。甲武鉄道(現中央線)は1889年(明治22)8月開通した。写真の広告塔は、1960年(昭和35)7月、八王子織物買継商業同組合等により設置された。コンクリート製、高さ15m、円形花壇に噴水、広告塔の白亜に赤色ネオンで「織物の八王子」とある。これは、八王子の町のシンボルだった。八王子駅北口再開発によりこの風景は消えた。』
※「織物の八王子」のモニュメント通称「織物タワー」の広告塔は1997年に解体されたらしい(Wikipedia参照)。

▼八王子駅北口より写す 桑並木 昭和37年頃 旭町 植松森一氏撮影
「八王子盆地の風景―写真で綴る少し昔の八王子」 植松森一著 揺籃社 (2005)および開発と観光の時代へ-昭和30~40年代の八王子の風景より引用。
『駅前から甲州街道方向を撮影したもの。道路の両側に桑の木があるが、これは1954年(昭和29)片倉製糸工場より50本寄贈されもので、樹種は一文字である。中央に見られる立札は、81年2月に立てられたものと思われ、由来が記されているようだ。駐車禁止はまだない頃である。昭和54年に桑並木保存会が設立され、56年には新たに設置された市と桑並木保存会による、桑並木由来の碑の除幕式が行われた。現在は、甲州街道の駅入口交差点から、20号北八王子バイパス(北大通り)までの間に、当時の桑の木が両側に計51本織物の町の残照として残されている。』

▼国鉄八王子駅北口 旭町 昭和38年2月 広報所蔵
『写真右手には、ボックス型公衆電話(青電話)とポストが設置されている。』
開発と観光の時代へ-昭和30~40年代の八王子の風景より引用

▼昭和39(1964)年、東京オリンピック開催当時の八王子駅前ロータリー。
八王子の二十世紀(八王子市郷土資料館)より引用

▼昭和40年(1965年)頃 国鉄八王子駅と織物タワー 瀬沼和重氏撮影
『写真左端に親切都市宣言塔が見える。昭和36年に「八王子親切会」が結成され、「親切なまち八王子」をスローガンに活動を続け、昭和39年5月に市民会館で親切都市宣言が行われた。昭和42年10月には、新しい親切都市宣言塔が設置された。』
開発と観光の時代へ-昭和30~40年代の八王子の風景より引用

▼八王子駅北口と織物タワー 旭町 昭和45年頃 植松森一氏撮影
『三和銀行東側に、中央信託銀行が設置されている。』
開発と観光の時代へ-昭和30~40年代の八王子の風景より引用

▼昭和58(1983)年、国鉄八王子駅仮駅舎。5代目駅舎(現駅ビル)が完成するまで使用された。
八王子の二十世紀(八王子市郷土資料館)より引用


▼ 昭和58年(1983年)頃の八王子駅北口駅前ロータリーと織物シンボルタワー
八王子市郷土資料館の展示パネルより

▼平成7(1995)年、駅前ロータリー。東急スクエア建設中。
八王子の二十世紀(八王子市郷土資料館)より引用


▼そごうと東急スクエアの広告。八王子の二十世紀(八王子市郷土資料館)より引用

 

▼JR八王子駅の駅スタンプ。2011年3月3日押印。


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JR中央本線 高尾駅レンガ造ホーム 2番線ホーム

東京都・八王子市
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大阪窯業八王子工場引込線跡

東京都・八王子市
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