Skip to content →

加茂青砂小学校(廃校)とその周辺

日本 > 東北地方 > 秋田県 > 男鹿市 >

住所 〒010-0671秋田県男鹿市戸賀加茂青砂字山道添38番地
電話番号  0185-23-2111(男鹿市教育委員会)

参考:
小学校ホームページ http://www.akita-c.ed.jp/~sch11670/
文部科学省 廃校リニューアル50選-7.加茂青砂ふるさと学習施設

地図 :Google MapsMapFanゼンリン1975年の航空写真

この日の移動ルート:
男鹿駅~(路線バス乗車)~加茂バス停加茂青砂小学校日本海中部地震津波殉難 合川南小学校 児童慰霊塔の石碑カンカネ洞細路地石仏龕大相撲関取 大浪三治 誕生之地碑桜島バス停~(路線バス乗車)~男鹿駅

加茂着のバスは1日4本。
9:31着(男鹿8:11発)、10:27着(男鹿9:07発)、12:20着、18:49着。
加茂から男鹿行きのバスも1日4本、6:42発、7:48発、11:58発、15:26発。
男鹿の駅から揺られること約1時間20分、途中1度乗換えがある。
1日たった4本のバスにもお客さんはほとんどいなかった。
加茂行きのバスが開通したのは昭和42年らしい。
料金は片道1060円くらい。

加茂青砂小学校 木造校舎(廃校)

児童の過疎化で2001年に廃校になってしまった秋田県・男鹿半島の男鹿市立 加茂青砂小学校。
人の少ない小さな漁港に昭和3年(1914年)築の古い木造校舎は125年の歴史をひっそり思い返すように静かにたたずんでいた。
現在この校舎は「ふるさと学習施設」として時々活用され、登録有形文化財(第05-0072~0073号)になっている。

▼生徒が制作したのだろう銅板の校章と校名板

▼体育館の入り口。これが体育館なんて渋~い!

▼体育館をのぞいて見ると、ま~っ暗だけど、きちんとコートになっていて、今でも十分使用できそうなのだった。

▼玄関の前に「お知らせ 旧加茂青砂小学校は、普段校舎の中へは入れません。見学をご希望される場合は、あらかじめ教育委員会生涯学習課文化財係へご連絡 くださればご案内いたします。連絡先電話番号 23-2111 内線2125番 男鹿市教育委員会」という張り紙が貼ってあった。
な~~んと連絡すれば見学できたとは・・・・見れなくて悔しい。orz
仕方ないので、外のガラス窓越しに中をのぞいてみた。
一応内部は当時のままにしてあるよう。

▼正面玄関から中をのぞいてみた。

▼教室。ガラス窓がほこりで汚れていたので写真が汚いけど、小さな机と椅子が可愛らしかった!ここではたくさん机が並んでいるけれど、廃校間際の年には児童数6名だったそう。

▼職員室?大人用サイズの机が並ぶ。

▼数々の賞状…校長室かな?

▼用務員室?

▼ベッドがあるので・・・保健室?

▼「加茂青砂小学校 加茂青砂中学校 跡地」の碑

▼加茂青砂小学校と加茂青砂中学校の門柱。写真がボケてしまった。

▼校舎の前で公園も静かにたたずんでいた。


日本海中部地震津波殉難 合川南小学校 児童慰霊塔

▼小学校の近くに慰霊塔石碑がある。
日本海中部地震は1983年5月26日の12時頃発生した地震。
遠足に来てお昼ごはんの最中だった北秋田郡・合川南小学校の児童43人が高波に襲われ、29人が救助され、残る14人が行方不明・死亡となった。
男鹿半島の北西約70キロ、M7,7。
この地震と津波による総合死者は104名。住家全半壊 3,049棟、船舶沈没・流出 706隻。


カンカネ洞

カンカネ洞の由来
カンカネ洞は加茂青砂部落はずれの浜辺にあり、昔は「カギカケの穴」と呼ばれていました。それは当時、門前から加茂青砂のカンカネ洞まで来たところ、道が途絶えていたため、ここを通る人は岸壁にカギをかけて登ったことからそう呼ばれたのです。
岩上険阻で人馬が通れず、訪れる人もまれな部落でありましたが、夜には錠前をおろして怪しい者の侵入に備えました。その錠前をカンカネと呼んでいたことから、しだいにカギ=カンカネ、カンカネ洞と言われるようになったものです。
洞の中の広さはおよそ五十坪、高さは七丈、海に面した方に二つの大きな窓があり、押し寄せるさざ波が、洞の中でさらさらと静かに反響しています。

▼加茂青砂の磯の岩は青い

▼加茂青砂の浜辺


加茂青砂の細路地

▼昭和っぽい細道

▼これは可愛くて好きな家屋

▼和平と刻まれた石碑
第二次世界大戦中にB29が「おやま」に激突した際、地元民が米軍兵士を助け、手厚く介助したという記念の場所らしい。
参考:「海辺の体験教室 かもあおさ笑楽校」~はなさか爺さんプロジェクトGAO~(2011年7月~10月 男鹿市) _ 秋田のグリーン・ツーリズム総合情報サイト 美の国秋田・桃源郷をゆく

▼プロ…

▼加茂港

▼加茂港から桜島バス停方面のながめ
これから登っていく坂道


石仏龕(がん)

▼市指定文化財の石仏龕
龕(がん)とは仏像を納める厨子を意味するらしい
ちゃんとのぞいたら中の仏様を見れたんだな~
男鹿市教育委員会さんには「龕(がん)」の意味からの説明をお願いしたひ…

▼桜島バス停まで坂道を歩いて行く
だんだん低くなっていく加茂港を眺める
真ん中の赤い屋根あたりが加茂青砂小学校の校舎

山と海と町の対比が魅力的な景観なのだ…


大相撲関取「大浪三治」誕生之地 石碑

▼道路沿いに立派な石碑がある。当地出身のお相撲さんらしい。

加茂バス停

▼加茂バス停で下車。小さな町なので、バス停から数分歩くと加茂青砂小学校に着く。

桜島バス停

▼桜島バス停付近には「お食事処 桜島苑」の廃屋がある

▼看板はわりと最近まで営業していた雰囲気ある

まとめ日記 2007年01月18日 23:22

秋田は雪が積もっているが、今日は比較的暖かめだったのか、それともいつもこんな感じなのか、海側では時々雪に混じり雨がパラついた。
男鹿半島の先端の方にある男鹿市立加茂青砂小学校。
今日はそこに行ったのだが、いくら1km先にリゾートホテルの立地する環境といっても基本的にバスが1日4本の過疎地、人影は非常にまばらだった。
加茂青砂小学校は昭和3年に建てられた校舎が重要文化財に指定されているのだが、生徒の数が一桁と少なく、6年位前に廃校になってしまった。
文化財と言ってもどの程度手入れがされているのかは分からない。
山に囲まれた寂れた漁港の街にその小さな校舎は埋もれて建っていて、「小学校」の門札がなければただの古い小屋と間違えて通り過ぎてしまいそうな状態だった。
でもガラス窓越しに覗いた教室、職員室、校長室、用務員室、そして体育館は、どれも当時のままと思われ、なんだか時が遠い昔の夢の中で止まってしまったように思われ、とても素敵だった。
事前に連絡すれば中を見学させてもらえるらしいが、できればこのまま観光客スレする事もなく、ひっそりと町の中に埋もれて建っていて欲しいものだと思った。

秋田の旅館
秋田県内を更に移動し、男鹿から両親の実家のある大館にやって来た。
そして前から気になって仕方がなかった素泊まり3000円という某旅館に宿泊。
この旅館、いつからあるのか分からない、30年以上は経っていそうな純和風の作りで、8畳間も今の10畳に近いのではないかと思われる位に広く、しかもあちらこちらに人形や掛け軸や古い鏡台があったりするので、結構おどろおどろしい。
でもそのおどろおどろしさに何故かわくわくしてしまう。
女将さんが大変個性的な雰囲気で、つげ義春のゲンセンカンの女将さんを思い出してしまった。
今こういう旅館ってどこも減ってきてるのかな。 夜はしんしんと雪が降り、街は一部の飲み屋を除いて9時頃に寝てしまう。
「何かが出てきそう」な静けさ。
闇というものがこんなにもミステリアスで恐ろしく感じられる事は、東京ではほとんど有り得ない。
コンビニの24時間のこうこうとした電気は便利だけれど、人から「闇の恐怖」という物を奪ってしまったような気もする。
「闇の恐怖」がなければ、幻想も琅漫も生まれにくい。
何となくそんな気がしてしまう。
男鹿の駅で、コンタクトレンズを片眼落としてしまったのが痛い。眼鏡も忘れたので見辛い。 何だかんだで長文書いてしまった。興奮冷め遣らぬうちに。寝る。

 前のページ
男鹿駅(リニューアル前) 男鹿線

秋田県・男鹿市
次のページ 
小坂鉱山周辺の散策

秋田県・小坂町
635 views