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八王子市の古い石碑・石仏・標石・路傍祠など

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西寺方町 鎌倉古道・小田野城跡付近の石仏 1

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左側の石仏に「小田野」の文字。

左の像「天明六(丙午)壬…」?
※天明は江戸時代の1781~1789年、天明6年は1786年。

西寺方町 鎌倉古道・小田野城跡付近の石仏 2

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三叉路。右の道が鎌倉古道、左の道が裏甲州路。

小津町 梅林の石仏と馬頭観世音碑

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左の石碑は判読しづらいが馬頭観世音と書いてある。
中央の緑の苔むした石仏は腕が6本あり、寛政と書いてある(寛政:江戸時代の1789年から1801年まで)。
具体的な年月日は判読不可能。
一番右の石ころは不明。

裏側

小津町 Shigeru工房の前の庚申塔

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小津町 三叉路の石仏群

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左の石仏のアップ

1体だけ5m位離れた所にポツンとある。他の石仏群となぜ離れた所にあるのか?と思ったら、こちらのサイト様の情報によるとどうやら庚申塔兼用の道標だかららしい。土台に3匹の猿が掘ってあることは言われて初めて気がついた。

文字類の判読はなかなか難しい状態だけど、「明和七 庚寅年 四月十三日 講中 三拾」と書いてあるように見える(推定)。
※明和は江戸時代の1764~1772年、明和7年は1770年。

小津町 熊野橋近くの馬頭観世音

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左から2番目の像はわりと新しそう。右から2番目の像はそれなりに古そう。

明治38年と書いてあるように見える。

「昭和十六年五月…井橋…」と書いてあるように見える。

小津町 小津町会館近くの石仏

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「明和六 己丑年 十二月吉日」の文字(丑の漢字が違うけど旧字かな?)。明和6年は江戸時代の1769年

かなり読み取りづらいが「講中十三人」と書いてあるように見える。

小津町 小津町会館近くの慰霊碑

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三叉路。民家の敷地内。

明治40年に建立された陸軍歩兵一等卒勲八等・青木豊君之碑。

小津町 今熊山への道標(?)

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林道の分岐にある古い石の道標。あまり道標の形っぽく見えなくて、見過ごす所だった。

ただの石か道標か判別に迷いながらも、よく見てみると「右 今熊山…」らしき文字が書いてあった。林道は雑草が生い茂り、藪漕ぎなしにとても前に進めるような状況ではなさそうに見えたけど、もしかしたらここは入山尾根を経て今熊神社へと至る古い登山道だったのかもしれない。

小津町745廃屋付近の古い石仏と祠

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小津町と上恩方町を結ぶ道沿い、廃屋の前にある祠。

石仏は壊れている。

大楽寺町 住宅地の石仏2体

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民家角の古い石仏2体

諏訪町 陣馬街道沿いの石碑

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マンホールと卒塔婆まで…。

諏訪町 消防署敷地内の石柱(諏訪神社付近)

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古いのか新しいのかもよくわからない石柱だった。

文字は判別しづらい。

上壱分方町 消防団前の古地蔵

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真ん中の大きい地蔵はあまり古くない感じ。

Googleストリートビューのキャプチャ画像より。消防団前に古地蔵の入った祠あり。

美山町 個性的な石仏群

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個性的な表情の石仏。

↓以下、それぞれのアップ。鼻と口が埋め込んである。

↓顔がない。

↓文化十年(癸酉)十一月吉日、1813年、約200年前の江戸時代。

大光寺前の石仏

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壊れて欠けた石像とお地蔵様。お地蔵さまの足元は苔が生えたりカケがあったりして古そうだけど顔だけは新しく見える。後からすげ替えた?

↓左の石像のアップ。腕は蜘蛛の足のよう。土台に何か模様が彫ってあるように見える。小津の三叉路の庚申塔兼用道標と同じような3匹の猿かな?

美山町 美山小学校前の古地蔵

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↓内部。頭部は丸い石。

美山町 民家の庭の石仏

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文字の判別は難しい。

美山町 民家路地裏の石仏

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都道61号線・山田宮の前線からはずれた路地にある石仏。

↓供養塔と書いてあるように見えるけど、ほとんど判読不能。

川町 交差点の庚申塔

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「庚申塔」「武刕川村講中」の文字。

「寛政六年(甲寅)十一月吉日」の文字。寛政6年は江戸時代の1794年。

この白い石柱の文字は全く読めない。と思ったが、こちらのサイト様に記載有り。昭和10年3月(1935年)製らしい。

狭間町 大塚商店わきの石仏

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裏側に「大塚」らしき文字あり。古くからの地主さんかも。

↓2013年8月、車でもぶつかったのか、石仏が破壊されていた。後日修復されていたが、欠片を接着した後の溶剤が目立っていた。

狭間町 みころも幼稚園近くの熊鷹大神(移転済み)

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↓2013年7月13日、設備老朽化等のために解体された。産千代稲荷神社(うぶちよいなり)(八王子市小門町)に移転、合祀されたらしい。

館町 拓大通りの小道の石仏

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風化が激しく何が書いてあるのかは分からない。

見過ごしがちな小さな石仏ではあるが、見る度にお花が備えてあるので、欠かさず手入れ・お参りしてる人がいるみたい。

一時期近くに新しい石柱が設置されたことがあったが、なぜかその後撤去されてしまった。

初沢町 初沢踏切わきの古地蔵

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歴史の浪漫街道様によると、寛保2年に建立されたものらしい。わき2つの仏像は小さい頭が後付けしてある。

長房町 古道橋近くの石仏群

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住宅地の一角、この石仏群のための土地が確保してある。

下恩方町 心源院入口付近の石仏

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下恩方町 中島酒造場・本木バス停・菅原神社付近の巨大庚申塔

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交差点にある。人間の背丈近くある大きな庚申塔。

下恩方町 北浅川沿いの小さな石碑

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近くの木に「蜂の巣注意」の張り紙あり、近くに寄れなかった。

下恩方町 上野原付近の古地蔵

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稲荷神社付近

高尾町 高尾下駐在所近くの石仏

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高尾町 両界橋近くの石仏

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南浅川町 梅の木平と草戸峠と高尾グリーンセンター方面への分岐の石碑

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梅の木平、草戸峠および拓大分岐、高尾グリーンセンター方面への分岐にある石碑とお地蔵様。左2つの地蔵は新しい。右の石碑は明治製でこれもそんなに古くないが、なんて書いてあるか分からない…

「明治十…十一月日」?読めない…

小比企町の三叉路の古い石標

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めじろ台と八王子みなみ野の中間あたりの三叉路に位置している古い石仏群。

一番右の石標は七国峠、宇都貫、寺田、大船、小比企方面への道標となっている(一部判読不可能)。

館町・湯殿川付近の古い石仏

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高尾山 足利千人講の石碑

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「高尾山」「大正九年十一月」「足利千人講」の文字。向かいにもう1本あり。八王子千人同心と関係あるのか…

高尾町 侠客 関東網五郎住宅跡の石碑

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東浅川町 道路開通記念碑

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尖った三角形の土地の先端にある石碑。旧ジャンボ亭の敷地内。

「道路開通記念」と書いてあるが、どっちの道路のことか分からない。左は町田街道。

「昭和36年7月」の文字。詳細は不明ながら、昭和31年(1956/03/09)に米軍が撮影したモノクロの航空写真を見てみると、町田街道は(舗装されているか不明ながら)立派に開通しているものの、左の細い通路は確認できないので、左の道の事を言っているのかなあと思う。
参考:現在の航空写真のページ

町田市相原町 法政大敷地内の沼近くの馬頭観世音

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町田街道沿い。立入禁止の小さな沼が法政大の敷地内にあり、その傍らに立つ。この沼も古くからあるものなんだろうか。

「弘化(こうか)五 申年 四月吉日」の文字。弘化5年(戊申)は江戸時代の1848年

旧甲州街道・念珠坂

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参考:甲州街道 – Wikipedia

上恩方町 渡辺工務店前の万霊塔

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「何でこんな裏路地にあるんだろう」って不思議になるような立派な石碑群。お寺や神社が近くにありそうでもないので不思議になる。それほど朽ちてはいないのだが、文字類は読みづらい。

大楽寺町1 馬頭観音地蔵

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上恩方町 上恩方配水所付近の廃祠

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小津坂、上恩方配水所の道路をはさんだ向かい側にある祠。奥まった所にあるので分かりづらい。そのせいか誰も訪れる人がいない様子で荒れ果てており、祠の形は保っているが、中身が崩壊しかけている。

上恩方町 力石バス停近くの万霊塔

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石が欠けて読み取りづらいが、たぶん「三界万霊塔」と書いてある。力石バス停のすぐそばにある。

上恩方町 駒木野の石仏

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駒木野バス停近くの石仏2体。残念ながら夕暮れ時だったので暗くて年号などは確認できず。

上恩方町 陣馬街道沿いの石仏

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高尾山金毘羅台登山口の石碑

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江戸時代登山口の石碑。
文字が不鮮明でよく読めないが、「是ヨリ本堂」と書いてある。
喫茶店コーヒーハウス館のわきの道を入り、古い織物工場(解体済み)を右手に通り過ぎ、ろくざん亭の先で左に折れると高尾山への登山口。
京王線を挟んで向かい側の山(金毘羅山)のふもとの方に淺川地下壕の入り口があるが、現在は立ち入り禁止で見れない。昔はろくざん亭のある小道あたりから京王線の下をくぐって浅川小学校や浅川中学校に行く地下道があったらしいが(うわさ)、入り口が閉鎖されてしまったらしい。

高尾山 清滝駅付近の石仏群

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常林寺 裏高尾町 中央道下の供養塔

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緑町 姫龍神 馬頭観世音

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下恩方町・辺名の桜 辺名の三叉路の石仏群 桜塚・芭蕉の句碑

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芭蕉の句碑 参考:ひなたぼっこの縁側日記 謎が解けた三叉路

腕が6本ある古い石仏  「天明三年(癸卯)八月朔日」の刻印。1783年の石仏のわりには風化が少ないように感じる。

下恩方町 御岳神社 太子堂前 古い石仏

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元八王子町 八王子城址入口の石仏

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右側の体のみが古い石仏だが、顔が新しい石材にすげ替えてある。

南浅川町 拓大分岐の標石

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拓大分岐にある赤ペンキで塗られた標石は、戦前、まだこのあたりが東京都ではなかった頃に設置されたもの。刻まれている文字は、判別しづらいが、おそらく「武藏國 南多摩郡」。

裏側の文字は、おそらく「淺川村 上椚田」。1889年(明治22年)町村制施行により神奈川県南多摩郡浅川村が成立したので、それ以降に設置されたものかと思われる。その後、浅川村は神奈川県から東京府に編成され、浅川町となり、八王子市に編入したらしい。

下恩方町 壊れかけた古い石仏

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辺名の三叉路にあるのと同じ腕が6本タイプのものに見える。

下恩方町 醫王寺(医王寺)の古地蔵3体

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文字類は風化していて判読不可能。きだみのるが醫王寺(医王寺)で暮らしていた当時からこの付近にあったものを整備後に移転したもの?

下恩方町 元神社跡(?)の路傍祠

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医王寺入口の分岐、更地の隅っこにある詳細不明の小さな木の祠。
1966年頃まではこの辺に神社があったようで、地図に記載されているが、それが「金山神社」(現在は辺名町会館の裏にある)なのかは不明。

上宿町会会館 古地蔵

コンクリブロックの祠に入った古地蔵。上宿町会会館の駐車場内にある。
上宿町会会館の南西の細い路地は近年拡張されたものらしく、昔の地図には載っていない。古地蔵は比較的小さい。

 

下恩方町 昭和53年(1978年)築の祠に入った古地蔵

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町田市相原町 畑の中の古い墓群

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畑の中にある古い石碑群。石碑じゃなくてお墓かも。

相模原市緑区千木良 長尾地蔵尊

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旧陵南会館(東浅川駅跡・東淺川驛跡・東浅川仮停車場) ※火事で消失

東京都・八王子市
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蹴上 ねじりまんぽ

京都府・京都市
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